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200日♪ [ママ日記 0歳]
今日で娘は200日です。
すごくニコニコするし、右に左にコロコロ寝返りするし(右の方が断然得意みたい)、歯も生えたし(かなり早くから生えてました、左下一本だけ)、アハとかホォとか言うし(アンブレラって聞こえたときもある、英才!)、人参もほうれん草も食べてくれるし、ホント楽しい毎日です。睡眠不足を除けば。
ダンナさんと、「惚れてまうやろー><」を連発してます。親バカ万歳!
汚い言葉とかもまだ知らないし、今が一番いいときかも。
お母さんの料理まずいとか言われたら死んじゃいそう。ほうれん草茹でただけとかおいしくなさそうだけどさ。
すごくニコニコするし、右に左にコロコロ寝返りするし(右の方が断然得意みたい)、歯も生えたし(かなり早くから生えてました、左下一本だけ)、アハとかホォとか言うし(アンブレラって聞こえたときもある、英才!)、人参もほうれん草も食べてくれるし、ホント楽しい毎日です。睡眠不足を除けば。
ダンナさんと、「惚れてまうやろー><」を連発してます。親バカ万歳!
汚い言葉とかもまだ知らないし、今が一番いいときかも。
お母さんの料理まずいとか言われたら死んじゃいそう。ほうれん草茹でただけとかおいしくなさそうだけどさ。
乳児湿疹 [ママ日記 0歳]
娘がようやくすべすべほっぺに戻りそうです。
顔の右下に、それほど大きくはないものの10円硬貨大の赤いぶつぶつができて早2ヵ月半。
2週間悩んで皮膚科へ行ったら、乳児湿疹と言われ、アンダームとワセリンを処方されたのが11月末でした。
それから少し赤みが引いたりしたもののずっと完治とはいきませんでした。今思えば全然薬の塗り方が足りなかったんだな~と反省。
皮膚科に行ったとき、市販のベビーオイルやベビーローションは(その当時の肌には)少し刺激が強いから使わないほうが良いと言われました。
ステロイドを処方されなかったこともあって、すごく安心したのですが、よくよく調べてみると、アンダームも長期使用するとアトピーの引き金になるとのこと。
だから先生は、「1週間経って改善が見られなければもう一度来てください」と言ったのか~と納得し、赤みが少し引いたのをいいことに1週間後から薬を塗るのをやめたのです。
そうするとまた赤いボツボツが。。。
で、少し塗ってはまたやめて。を繰り返しました。
私も昔アトピーだったから、今は母乳で出ないよう食べ物とか気をつけてるし、娘もアトピーになったらイヤだな~などと思いながら、結局よだれが右側に流れる以上よだれかぶれとしてこのボツボツは仕方ないかなって思っていました。
それからも、ママ友にこれで治ったと勧められたママ&キッズのローションやオリゴクリームを買って塗ってみるも、娘にはあわないようで、悲惨に膿んでただれる始末。
やっぱりワセリンに戻し、以前は1日4~5回塗っていたのを、1時間に2回くらい塗るようにし、夜中も気付いたら塗って、娘の顔を常にテカテカにしてたんです。
そしたら少しずつきれいになっていくからびっくり。
悩んで寄り道しまくったけど、今週末くらいにはきっと完治です。よかった~!
顔の右下に、それほど大きくはないものの10円硬貨大の赤いぶつぶつができて早2ヵ月半。
2週間悩んで皮膚科へ行ったら、乳児湿疹と言われ、アンダームとワセリンを処方されたのが11月末でした。
それから少し赤みが引いたりしたもののずっと完治とはいきませんでした。今思えば全然薬の塗り方が足りなかったんだな~と反省。
皮膚科に行ったとき、市販のベビーオイルやベビーローションは(その当時の肌には)少し刺激が強いから使わないほうが良いと言われました。
ステロイドを処方されなかったこともあって、すごく安心したのですが、よくよく調べてみると、アンダームも長期使用するとアトピーの引き金になるとのこと。
だから先生は、「1週間経って改善が見られなければもう一度来てください」と言ったのか~と納得し、赤みが少し引いたのをいいことに1週間後から薬を塗るのをやめたのです。
そうするとまた赤いボツボツが。。。
で、少し塗ってはまたやめて。を繰り返しました。
私も昔アトピーだったから、今は母乳で出ないよう食べ物とか気をつけてるし、娘もアトピーになったらイヤだな~などと思いながら、結局よだれが右側に流れる以上よだれかぶれとしてこのボツボツは仕方ないかなって思っていました。
それからも、ママ友にこれで治ったと勧められたママ&キッズのローションやオリゴクリームを買って塗ってみるも、娘にはあわないようで、悲惨に膿んでただれる始末。
やっぱりワセリンに戻し、以前は1日4~5回塗っていたのを、1時間に2回くらい塗るようにし、夜中も気付いたら塗って、娘の顔を常にテカテカにしてたんです。
そしたら少しずつきれいになっていくからびっくり。
悩んで寄り道しまくったけど、今週末くらいにはきっと完治です。よかった~!
乳腺炎+嘔吐+下痢=43㎏ [ママ日記 0歳]
少し前のことですが、成人の日に乳腺炎になりました。
クリスマスもお正月も自炊和食中心。原因として特に思い当たる行為ナシです。
でもまぁ痛い痛い。そして体は寒いし吐き気もするし。とにかく絞って絞ってしのぎました。
そして一週間後の19日、午後に10回も嘔吐しました。夕方から寒気と発熱も。
翌日ダンナさんに休みを取ってもらったものの良くならないので、さらに翌日実家に電話し、急遽福岡から母親に来てもらいました。それ以降、少し吐き気とおなかのゴロゴロ感があったものの嘔吐もなく食欲も出てきたので回復かと思いきや。
さらに一週間たち、26日、4回下痢が。そして吐き気も復活。
さすがに病院に行くとウィルス性胃腸炎だといわれました。
薬を3つもらったので、そのうちよくなると思います。
吐いたり下したり踏んだり蹴ったり。167センチで生まれて初めての43㌔まで減量。かなり心臓バクバク頭クラクラします。早くおなかの調子よくならないと食べれないし。
今年に入って毎週災い被ってます。厄年ですかねー
クリスマスもお正月も自炊和食中心。原因として特に思い当たる行為ナシです。
でもまぁ痛い痛い。そして体は寒いし吐き気もするし。とにかく絞って絞ってしのぎました。
そして一週間後の19日、午後に10回も嘔吐しました。夕方から寒気と発熱も。
翌日ダンナさんに休みを取ってもらったものの良くならないので、さらに翌日実家に電話し、急遽福岡から母親に来てもらいました。それ以降、少し吐き気とおなかのゴロゴロ感があったものの嘔吐もなく食欲も出てきたので回復かと思いきや。
さらに一週間たち、26日、4回下痢が。そして吐き気も復活。
さすがに病院に行くとウィルス性胃腸炎だといわれました。
薬を3つもらったので、そのうちよくなると思います。
吐いたり下したり踏んだり蹴ったり。167センチで生まれて初めての43㌔まで減量。かなり心臓バクバク頭クラクラします。早くおなかの調子よくならないと食べれないし。
今年に入って毎週災い被ってます。厄年ですかねー
今年もよろしくです [ママ日記 0歳]
おめでとうございますというにはちょっと遅れをとってしまいました。
お正月休みはほとんどパソコンを開かなかったので、久しぶりにみなさんのブログを見て年末年始もアップしてあって感心しました。
私達は、来月、関東から九州への引越しが決まっているので、お正月はどこにも行かず家で三人水入らずのんびり過ごしました。といっても赤ちゃんはお正月も関係無しだったし、プチおせちを作ったりダンナさんの友人たちを招いて新年会があったりで、あまり休めてませんが。
昨日からダンナさんはお仕事です。
お休み前どんな感じで生活してたんだっけって少し正月ボケもあるものの、でも日常生活に戻ってみればなんだかお正月休みなんてあったっけっていう感じです。
最近、赤さんの寝付きがとても悪くなりました。2時間近くかかります。今までは大変でも30分くらいだったと思うんだけど。
それでいて2~3時間ごとに起きます。
だけど昼寝をするというわけでもありません。
親はヘトヘトだけど、娘の睡眠は足りてるのだろうかと心配になります。
お正月休みはほとんどパソコンを開かなかったので、久しぶりにみなさんのブログを見て年末年始もアップしてあって感心しました。
私達は、来月、関東から九州への引越しが決まっているので、お正月はどこにも行かず家で三人水入らずのんびり過ごしました。といっても赤ちゃんはお正月も関係無しだったし、プチおせちを作ったりダンナさんの友人たちを招いて新年会があったりで、あまり休めてませんが。
昨日からダンナさんはお仕事です。
お休み前どんな感じで生活してたんだっけって少し正月ボケもあるものの、でも日常生活に戻ってみればなんだかお正月休みなんてあったっけっていう感じです。
最近、赤さんの寝付きがとても悪くなりました。2時間近くかかります。今までは大変でも30分くらいだったと思うんだけど。
それでいて2~3時間ごとに起きます。
だけど昼寝をするというわけでもありません。
親はヘトヘトだけど、娘の睡眠は足りてるのだろうかと心配になります。
ありがとう [ママ日記 0歳]
1年前の今日、初めて娘の姿を見ました。
おなかに来たのはもっと前だけど、娘の存在を確認してからちょうど一年になります。
たぶんおなかにいるって思いながらもドキドキしながら診察を受けたこと、なんだか一人前の認定を受けたような気分で病院を出たこと、育児日記をつけるノートや妊娠報告のクリスマスカードを選びに文房具屋さんに行ったこと、夜はお寿司でお祝いしたこと、すべて鮮明に覚えています。
一日中気持ち悪い毎日で何度も何度も吐き、もし私が妊娠できない身体だったらこの苦しさを味わわずにすんで楽だっただろうかと思った日々、何をしてもギャンギャン泣き止まない我が娘を抱っこしながら、今この手を放したら解放されるのだろうかとよぎった最初の頃。いろいろあったすごく濃厚な一年間でした。
育児が楽しいと思えるのは、娘が2歳くらいになった頃かな。2歳頃には育児が楽しいと思えたらいいなって思います。
今は抱っこして散歩する時間がとびきり楽しい時間。けどそれって育児っていうより息抜き? たくさんの可能性を秘めた娘に、何をしてあげたらいいんだろうって悩む毎日です。
でもとりあえず、病気も怪我も何事もなく育ってくれている娘に感謝。
私のおなかにきてくれた娘に感謝。
一年前を思い出して、今日はお寿司する?って娘に聞いてみました^^。
どれにしよー
おなかに来たのはもっと前だけど、娘の存在を確認してからちょうど一年になります。
たぶんおなかにいるって思いながらもドキドキしながら診察を受けたこと、なんだか一人前の認定を受けたような気分で病院を出たこと、育児日記をつけるノートや妊娠報告のクリスマスカードを選びに文房具屋さんに行ったこと、夜はお寿司でお祝いしたこと、すべて鮮明に覚えています。
一日中気持ち悪い毎日で何度も何度も吐き、もし私が妊娠できない身体だったらこの苦しさを味わわずにすんで楽だっただろうかと思った日々、何をしてもギャンギャン泣き止まない我が娘を抱っこしながら、今この手を放したら解放されるのだろうかとよぎった最初の頃。いろいろあったすごく濃厚な一年間でした。
育児が楽しいと思えるのは、娘が2歳くらいになった頃かな。2歳頃には育児が楽しいと思えたらいいなって思います。
今は抱っこして散歩する時間がとびきり楽しい時間。けどそれって育児っていうより息抜き? たくさんの可能性を秘めた娘に、何をしてあげたらいいんだろうって悩む毎日です。
でもとりあえず、病気も怪我も何事もなく育ってくれている娘に感謝。
私のおなかにきてくれた娘に感謝。
一年前を思い出して、今日はお寿司する?って娘に聞いてみました^^。
どれにしよー
もうすぐ4ヶ月です [ママ日記 0歳]
とても更新が遅れてましたが元気に毎日やっています。
娘はもうすぐ4ヶ月になります。
お天気のいい休日に、両家の両親や兄弟夫婦など大人数で初宮詣りに行きました。

100日のお喰い初めは、家族3人でやりました。これは娘用。朝から張り切って作りました。

そして先週、3~4ヶ月健診を無事に終え、今週は初めての予防接種、BCGです。
これまで特に何も病気にはなってません。
まだ首がすわってません。9割方すわってますが、完璧と言うにはまだあと一歩。
夜は4~9時間、続けて寝ます。6時間の日が多いかな。その後は2時間だったり3時間だったり。
3ヶ月になってから、急に昼寝をするようになりました。午前も午後も1~2時間ずつ寝ます。
寝返りを打とうとします。まったく教えてもいないのに、毎日夕方になるとたいてい自主練してます。

とてもよくおしゃべりします。うたをうたっているように聞こえるときもあります。
親の食事中はジーっと見てます。少しうらめしそう、かな。でも目が合うとニコーっと笑います。照れ笑いもするようになりました。
飛び抜けてお気に入りのガラガラがあります(頂きもの)。他のガラガラとは喜び具合が全然違います。他のガラガラを買ったのは親。少し寂しい。
コチョコチョや、手を握っての遊び、抱っこしてのかけ声などでゲラゲラ大爆笑します。
人がいたり、外出していたりすると、おっぱいの間隔が2時間くらい平気です。3時間くらいあくときもでてきました。完母で育ってます。
カメラやビデオを向けると、固まります。
完全に、親と他人の区別がついています。他人には、その人に慣れるまでたやすく笑顔を見せません。人見知りの前段階のような気がします。
今振り返ってみると、たかだか2~3ヶ月の違いですが、1ヶ月の頃って本当に気持ちに余裕がなかったな~って思います。今はとても楽しく育児をやっています。かわいくてしょうがない!
また少しずつアップしようと思います。
娘はもうすぐ4ヶ月になります。
お天気のいい休日に、両家の両親や兄弟夫婦など大人数で初宮詣りに行きました。

100日のお喰い初めは、家族3人でやりました。これは娘用。朝から張り切って作りました。

そして先週、3~4ヶ月健診を無事に終え、今週は初めての予防接種、BCGです。
これまで特に何も病気にはなってません。
まだ首がすわってません。9割方すわってますが、完璧と言うにはまだあと一歩。
夜は4~9時間、続けて寝ます。6時間の日が多いかな。その後は2時間だったり3時間だったり。
3ヶ月になってから、急に昼寝をするようになりました。午前も午後も1~2時間ずつ寝ます。
寝返りを打とうとします。まったく教えてもいないのに、毎日夕方になるとたいてい自主練してます。

とてもよくおしゃべりします。うたをうたっているように聞こえるときもあります。
親の食事中はジーっと見てます。少しうらめしそう、かな。でも目が合うとニコーっと笑います。照れ笑いもするようになりました。
飛び抜けてお気に入りのガラガラがあります(頂きもの)。他のガラガラとは喜び具合が全然違います。他のガラガラを買ったのは親。少し寂しい。
コチョコチョや、手を握っての遊び、抱っこしてのかけ声などでゲラゲラ大爆笑します。
人がいたり、外出していたりすると、おっぱいの間隔が2時間くらい平気です。3時間くらいあくときもでてきました。完母で育ってます。
カメラやビデオを向けると、固まります。
完全に、親と他人の区別がついています。他人には、その人に慣れるまでたやすく笑顔を見せません。人見知りの前段階のような気がします。
今振り返ってみると、たかだか2~3ヶ月の違いですが、1ヶ月の頃って本当に気持ちに余裕がなかったな~って思います。今はとても楽しく育児をやっています。かわいくてしょうがない!
また少しずつアップしようと思います。
完母~悩みと迷いの繰り返し [ママ日記 0歳]
娘は2ヵ月半になりました。
今のところ完母で育てています。
前回の記事で、授乳が2時間間隔って書きましたよね。そのときにはそうでした。
2時間間隔になってきたっていうわけではなくて、2時間間隔にしていたんです。
でも、毎回、授乳後30分ほどで娘はギャン泣き。
そこを抱っこで耐えれば、くたびれて寝てくれるのはわかっているのですが、どうしても頭の片隅で「おっぱいが足りてないから泣くんじゃないか」って思ってたんです。
たぶんそうなんじゃないか、そうなんだろう、でも認めたくない。自分でも理解できないほどミルクに頼ることに抵抗が大きいんです。
2ヶ月で3時間くらい授乳間隔があく子もいるのに、おなかいっぱいが続くほどなんで私のおっぱいは出ないのって苦しみながらあやし、泣き疲れて寝た娘に「ごめんねごめんね」ってずっと思っていました。「ふにゃーふにゃー」っていう泣き声が「くれーくれー」っていう叫び声に聞こえてました。
何よりショックだったのは、2時間間隔にするようになって2週間、娘の体重がちっとも増えなかったんです。
一度止まった私の出血もまたすぐに再開。
ずっと悩んでいましたが、授乳間隔の調整は必要ない、むしろ一日10回以上飲ませた方がおっぱいのためということが書いてある母乳育児応援サイトをみつけて、気持ちが救われました。魔法のおっぱいというサイトです。同じように悩んでる完母ママさんがいたら見てみてください。
うちの娘は夜9時から朝9時までの間、ほぼ毎日1回しかおっぱいを飲まないので、(その間に搾乳していますが片方から100~140mlとれるので、出にくくなる夜にそれを飲ませて補ってます)、起きている間ほぼ毎時間飲んでもおかしくないじゃんって思い、頻回授乳に逆戻りです。
泣いて、舌がおっぱいを飲むときの動きをしていたら、間隔があいてなくてもおっぱいをあげることにしました。
おかげで1週間で体重が200グラム増。
だけどやっぱりここでも悩みが。
飲みながら寝ることが多くなったのです。
うーん、やっぱり泣き疲れて一度寝てから飲ませた方が元気にごくごく飲むような。
2時間はあけなさいっていうなんとか式っていう考えもあるみたいだし。
けど、当面はまた頻回を続けてみようと思います。
まだまだ悩んで迷っての繰り返しです。
今のところ完母で育てています。
前回の記事で、授乳が2時間間隔って書きましたよね。そのときにはそうでした。
2時間間隔になってきたっていうわけではなくて、2時間間隔にしていたんです。
でも、毎回、授乳後30分ほどで娘はギャン泣き。
そこを抱っこで耐えれば、くたびれて寝てくれるのはわかっているのですが、どうしても頭の片隅で「おっぱいが足りてないから泣くんじゃないか」って思ってたんです。
たぶんそうなんじゃないか、そうなんだろう、でも認めたくない。自分でも理解できないほどミルクに頼ることに抵抗が大きいんです。
2ヶ月で3時間くらい授乳間隔があく子もいるのに、おなかいっぱいが続くほどなんで私のおっぱいは出ないのって苦しみながらあやし、泣き疲れて寝た娘に「ごめんねごめんね」ってずっと思っていました。「ふにゃーふにゃー」っていう泣き声が「くれーくれー」っていう叫び声に聞こえてました。
何よりショックだったのは、2時間間隔にするようになって2週間、娘の体重がちっとも増えなかったんです。
一度止まった私の出血もまたすぐに再開。
ずっと悩んでいましたが、授乳間隔の調整は必要ない、むしろ一日10回以上飲ませた方がおっぱいのためということが書いてある母乳育児応援サイトをみつけて、気持ちが救われました。魔法のおっぱいというサイトです。同じように悩んでる完母ママさんがいたら見てみてください。
うちの娘は夜9時から朝9時までの間、ほぼ毎日1回しかおっぱいを飲まないので、(その間に搾乳していますが片方から100~140mlとれるので、出にくくなる夜にそれを飲ませて補ってます)、起きている間ほぼ毎時間飲んでもおかしくないじゃんって思い、頻回授乳に逆戻りです。
泣いて、舌がおっぱいを飲むときの動きをしていたら、間隔があいてなくてもおっぱいをあげることにしました。
おかげで1週間で体重が200グラム増。
だけどやっぱりここでも悩みが。
飲みながら寝ることが多くなったのです。
うーん、やっぱり泣き疲れて一度寝てから飲ませた方が元気にごくごく飲むような。
2時間はあけなさいっていうなんとか式っていう考えもあるみたいだし。
けど、当面はまた頻回を続けてみようと思います。
まだまだ悩んで迷っての繰り返しです。
☆2ヶ月☆ [ママ日記 0歳]
ずいぶん涼しくなってきましたね。さんまも安いし、秋を感じる今日この頃。
昨日、娘は2ヶ月になりました。体重2.7キロで生まれ、2.5キロまで減った娘は、今朝、4.5キロになりました。
少しずつベビーカーや抱っこ紐でお出かけしてます。
毎日たくさんの笑顔をくれる娘には、本当に私たちのところに生まれてきてくれてありがとうって感謝でいっぱいです。
そして、少しずつ私の中でもようやくリズムが出来始めました。
今、平日のおっぱいは2時間間隔なのですが、
20~30分おっぱい、
40分そばにいてあげれば機嫌よく発声(ウーとかヒャハーイとかかわいい声を出してます。この時間が一番楽しい。けど一人ぼっちにされると泣くので離れられない)、
20分思いっきり泣きさけぶ(抱っこしても何しても20分くらいは泣き続けるけど、抱っこしていればパタリと終わって寝ます。娘の全身の力が抜けた瞬間、ホッとすると同時にかわいいな~って。)、
そして寝る。この寝る時間は、寝心地とか気温や雑音などによって5分で起きるときもあれば2時間寝るときもあるし。
起きたら、振り出しに戻っておっぱいです。
夕方から夜がどうやら苦手で、ぐずぐずの時間が多くなりますが、たまにベビー麦茶やお白湯を飲ませてもたせてます。
寝る前は、おっぱいに加え、搾乳140mlを飲み、8時間前後連続で寝てくれるようになりました。
この時期は授乳間隔が何時間とかって育児書に書いてあって、それにあわせようとするとものすごくぐずるし、一時期はおっぱい出てないのかしらとかミルクを足すべきだろうかとかすごく悩んでました。
でも、悩むと本当におっぱいの出が悪くなるし、悪露がどんどん増えたので、考えないことにしました。(そうそう、ようやく一昨日悪路が終わりました。ド貧血ですがギリギリ2ヶ月以内に終わってよかった~)
ミルクの人は育児書通りの授乳間隔でできても、私は半分の間隔でもいいやって思うと楽になった気がします。
当面の心配事は、自分でウンチを出したことが数回しかなく、いつまで綿棒でやってあげるものなのかってことと、名前を呼んでも無反応なこと、それから、手で顔をひっかきまくることです。顔中ひっかき傷だらけだし、ミトンをするとそれをしゃぶっちゃってるし、目の中までグリグリ手を入れているので失明とかしないかヒヤヒヤします。
昨日、娘は2ヶ月になりました。体重2.7キロで生まれ、2.5キロまで減った娘は、今朝、4.5キロになりました。
少しずつベビーカーや抱っこ紐でお出かけしてます。
毎日たくさんの笑顔をくれる娘には、本当に私たちのところに生まれてきてくれてありがとうって感謝でいっぱいです。
そして、少しずつ私の中でもようやくリズムが出来始めました。
今、平日のおっぱいは2時間間隔なのですが、
20~30分おっぱい、
40分そばにいてあげれば機嫌よく発声(ウーとかヒャハーイとかかわいい声を出してます。この時間が一番楽しい。けど一人ぼっちにされると泣くので離れられない)、
20分思いっきり泣きさけぶ(抱っこしても何しても20分くらいは泣き続けるけど、抱っこしていればパタリと終わって寝ます。娘の全身の力が抜けた瞬間、ホッとすると同時にかわいいな~って。)、
そして寝る。この寝る時間は、寝心地とか気温や雑音などによって5分で起きるときもあれば2時間寝るときもあるし。
起きたら、振り出しに戻っておっぱいです。
夕方から夜がどうやら苦手で、ぐずぐずの時間が多くなりますが、たまにベビー麦茶やお白湯を飲ませてもたせてます。
寝る前は、おっぱいに加え、搾乳140mlを飲み、8時間前後連続で寝てくれるようになりました。
この時期は授乳間隔が何時間とかって育児書に書いてあって、それにあわせようとするとものすごくぐずるし、一時期はおっぱい出てないのかしらとかミルクを足すべきだろうかとかすごく悩んでました。
でも、悩むと本当におっぱいの出が悪くなるし、悪露がどんどん増えたので、考えないことにしました。(そうそう、ようやく一昨日悪路が終わりました。ド貧血ですがギリギリ2ヶ月以内に終わってよかった~)
ミルクの人は育児書通りの授乳間隔でできても、私は半分の間隔でもいいやって思うと楽になった気がします。
当面の心配事は、自分でウンチを出したことが数回しかなく、いつまで綿棒でやってあげるものなのかってことと、名前を呼んでも無反応なこと、それから、手で顔をひっかきまくることです。顔中ひっかき傷だらけだし、ミトンをするとそれをしゃぶっちゃってるし、目の中までグリグリ手を入れているので失明とかしないかヒヤヒヤします。
出産当日 [ママになるまで 10ヶ月]
ママになるまで~ 妊娠出産は夫婦の大きなイベント。妊娠0週目から記録を綴っています。
7月20日、夜11時頃就寝しました。
日付がかわって、7月21日のこと。
1:00 おなかの痛みで目が覚めました。痛いけど耐えられる痛さ。どうしても8月に産みたいっていう気持ちが強かったので、「臨月ってこんなにつらいんだ~」と、陣痛だとは考えないようにしていました。
1:35 また痛みで目が覚めました。時計をみてがっかり。
5分程度で痛みはひいていきました。
2:00 また痛くて目が覚めました。ようやく、今日お産になるかもと思い始めました。というか、自分に納得させ始めました。この痛みを8月まで耐えるのは到底無理だと思ったのです。
2:30 10分おきにくる痛みにもう耐えられそうになく、何度も横に寝ているダンナさんを起こそうと手を伸ばしました。でも、今日は長い一日になるはず。私は陣痛室でも分娩台でも寝られるけど、ダンナさんに寝るスペースは与えられないし、できるだけ体力を充電しててもらいたいと思い、もう少し我慢してみることにしました。
2:40 痛くて痛くて痛くて痛くて。「陣痛って5分間隔になったら病院に連絡するんだっけ、10分間隔だったっけ」と資料を見にリビングへ行きました。10分というのを確認し、とりあえず落ち着こうと思い、歯磨きをして荷物をまとめましたが、もう少し我慢できるかもと思い、また横になりました。
3:10 だんだん痛みの間隔が短くなってきていました。「初産は産むまでに1日近くかかるはずだからまだ病院にいかなくても大丈夫なはず。今行ったら休日の深夜料金で一番高い出産費用になるし、タクシーもまだ深夜料金だわ」などとバカな計算をしていました。
3:30 ダンナさんが突然ムクッと起き、トイレへ。もうダメだと思い、「陣痛みたい」と伝えました。それから病院へ連絡し、タクシー会社へ連絡。
4:15 とても運が悪いことに、事前に電話確認しておいた24時間のタクシー会社2社に、「今、そっち方面に車がいなくて」と断られ、少し遠目の会社にも計10社くらい断られ、家を出るのにとても時間がかかりました。結局、もう策もなく、あきらめて外に出ました。ダンナさんが、流しを拾ってくると言って、大通りの方へ走っていき、私は道端の花壇にうずくまってました。
2~3分後、ダンナさんが乗ったタクシーが目の前にきました。不幸中の幸です。
4:30 病院到着。陣痛室に通され検査。すでに子宮口が8センチ開いていました。助産師さんから「8時までには生まれるでしょう」と言われ、半信半疑です。痛みはどんどん強くなっていました。
5:30 陣痛室のトイレで吐きました。いつも通り、つわりです。 出産当日まで、つわりです。
6:00 後頭部や手先がしびれてきました。痛みを逃すのに必死で、過呼吸になっていたためです。ビニール袋を渡され、口にあてて自分の吐いた息を吸うけど改善せず。そのうちビニール臭さで余計に気持ち悪くなり、勝手にあきらめました。
7:30 それまで、何度も何度もナースコールで助産師さんを呼んでいましたが、「分娩にはまだですね」と言われていました。
が、ようやくです。「分娩室に移動しましょう」と言われ、いよいよです。ストレッチャーで行くものと勝手に思い込んでいましたが、こんなに死ぬほど痛いのに歩いて移動するんだ~
8:00 ようやく「いきんで」と言われました。「どうしたらいいんですか?」って、予習不足な私。両親学級では、「ヒッヒッフーなんてやってる人はいません。ヒッヒッフーってできるうちは産まれませんから、深呼吸さえできれば大丈夫です」って言われてたので、深呼吸することしか頭になかったんです^^;
8:41 痛みが強すぎて何度も何度もくじけそうになりました。「早く気を失ってしまえばいいのに」 「そろそろ先生が帝王切開にしましょうかって言ってくれないかしら」と、何度も人任せにしたくなりましたが、助産師さんとダンナさんのかけ声にあわせていきみ続けました。シャキンとハサミで切られたのがはっきりとわかり、もう痛いのなんのって、陣痛も痛いし切られたのも痛いしパニックでした。でもすぐに「オギャーオギャー」っと赤ちゃんの呼吸が聞こえてきました。わずかな時間でしたが、ビニールをおなかの上に広げその上に出たばかりの赤ちゃんを置いてくれて、ようやく生まれたことがわかりました。そして、完全に全身の力が抜けました。
それから赤ちゃんとダンナさんは別室で測定など。私は縫合です。それまた飛び上がるように痛いこと。後日、検診などで診た医師たちから、素晴らしい傷跡、縫い目だと口をそろえて言われました。分娩に立ち会った医師がその病院の産婦人科長で、有名な凄腕の持ち主だったのです。
9:00 赤ちゃんが連れてこられ、私の胸の上にのせられました。羊水で白くカピカピにかたまっていて、目もあいてないけど、口だけは必死にチュパチュパやってます。ダンナさんと3人で穏やかなカンガルーケアの2時間を過ごしました。
11:00 病室へ移動です。最初、大丈夫ですといって立ち上がったのですが、すぐに倒れそうになったので、看護婦さんが支えてくれて、車椅子で移動しました。
陣痛室も分娩室も病室も完全個室で、母子同室の、総合病院で産みましたが、本当にいい病院でした。
私が先天性腎性尿糖だったため、産まれたときから赤ちゃんも何度も検査を受けるなど、様々なケアもしてくれましたし、最後に検診を担当した医師は、わざわざ病室まで訪ねてきて陣痛や出産の様子をたずね、無事の出産を祝福してくれました。
また、私が強く母乳育児を希望していたこともあって、助産師さんたちは頻繁に病室にきてくれて、熱心に指導してくれました。
次のお産もここで迎え、助産師さんや看護師さんたちに再会できたら幸せだなと強く思えるいい病院で、本当によかったです。
今、スヤスヤ眠っている娘をみていても、まだ、母親になったという現実が不思議な気がします。まだまだ気持ちは子供のまま。娘と一緒に少しずつ成長しなきゃです。
でも、山あり谷ありの妊娠37週を終え、陣痛をむかえ、出産の苦しみに耐えたのは忘れようもない事実で、すべてを一緒に乗り越え、支えてくれたダンナさんに心から感謝です。
7月20日、夜11時頃就寝しました。
日付がかわって、7月21日のこと。
1:00 おなかの痛みで目が覚めました。痛いけど耐えられる痛さ。どうしても8月に産みたいっていう気持ちが強かったので、「臨月ってこんなにつらいんだ~」と、陣痛だとは考えないようにしていました。
1:35 また痛みで目が覚めました。時計をみてがっかり。
5分程度で痛みはひいていきました。
2:00 また痛くて目が覚めました。ようやく、今日お産になるかもと思い始めました。というか、自分に納得させ始めました。この痛みを8月まで耐えるのは到底無理だと思ったのです。
2:30 10分おきにくる痛みにもう耐えられそうになく、何度も横に寝ているダンナさんを起こそうと手を伸ばしました。でも、今日は長い一日になるはず。私は陣痛室でも分娩台でも寝られるけど、ダンナさんに寝るスペースは与えられないし、できるだけ体力を充電しててもらいたいと思い、もう少し我慢してみることにしました。
2:40 痛くて痛くて痛くて痛くて。「陣痛って5分間隔になったら病院に連絡するんだっけ、10分間隔だったっけ」と資料を見にリビングへ行きました。10分というのを確認し、とりあえず落ち着こうと思い、歯磨きをして荷物をまとめましたが、もう少し我慢できるかもと思い、また横になりました。
3:10 だんだん痛みの間隔が短くなってきていました。「初産は産むまでに1日近くかかるはずだからまだ病院にいかなくても大丈夫なはず。今行ったら休日の深夜料金で一番高い出産費用になるし、タクシーもまだ深夜料金だわ」などとバカな計算をしていました。
3:30 ダンナさんが突然ムクッと起き、トイレへ。もうダメだと思い、「陣痛みたい」と伝えました。それから病院へ連絡し、タクシー会社へ連絡。
4:15 とても運が悪いことに、事前に電話確認しておいた24時間のタクシー会社2社に、「今、そっち方面に車がいなくて」と断られ、少し遠目の会社にも計10社くらい断られ、家を出るのにとても時間がかかりました。結局、もう策もなく、あきらめて外に出ました。ダンナさんが、流しを拾ってくると言って、大通りの方へ走っていき、私は道端の花壇にうずくまってました。
2~3分後、ダンナさんが乗ったタクシーが目の前にきました。不幸中の幸です。
4:30 病院到着。陣痛室に通され検査。すでに子宮口が8センチ開いていました。助産師さんから「8時までには生まれるでしょう」と言われ、半信半疑です。痛みはどんどん強くなっていました。
5:30 陣痛室のトイレで吐きました。いつも通り、つわりです。 出産当日まで、つわりです。
6:00 後頭部や手先がしびれてきました。痛みを逃すのに必死で、過呼吸になっていたためです。ビニール袋を渡され、口にあてて自分の吐いた息を吸うけど改善せず。そのうちビニール臭さで余計に気持ち悪くなり、勝手にあきらめました。
7:30 それまで、何度も何度もナースコールで助産師さんを呼んでいましたが、「分娩にはまだですね」と言われていました。
が、ようやくです。「分娩室に移動しましょう」と言われ、いよいよです。ストレッチャーで行くものと勝手に思い込んでいましたが、こんなに死ぬほど痛いのに歩いて移動するんだ~
8:00 ようやく「いきんで」と言われました。「どうしたらいいんですか?」って、予習不足な私。両親学級では、「ヒッヒッフーなんてやってる人はいません。ヒッヒッフーってできるうちは産まれませんから、深呼吸さえできれば大丈夫です」って言われてたので、深呼吸することしか頭になかったんです^^;
8:41 痛みが強すぎて何度も何度もくじけそうになりました。「早く気を失ってしまえばいいのに」 「そろそろ先生が帝王切開にしましょうかって言ってくれないかしら」と、何度も人任せにしたくなりましたが、助産師さんとダンナさんのかけ声にあわせていきみ続けました。シャキンとハサミで切られたのがはっきりとわかり、もう痛いのなんのって、陣痛も痛いし切られたのも痛いしパニックでした。でもすぐに「オギャーオギャー」っと赤ちゃんの呼吸が聞こえてきました。わずかな時間でしたが、ビニールをおなかの上に広げその上に出たばかりの赤ちゃんを置いてくれて、ようやく生まれたことがわかりました。そして、完全に全身の力が抜けました。
それから赤ちゃんとダンナさんは別室で測定など。私は縫合です。それまた飛び上がるように痛いこと。後日、検診などで診た医師たちから、素晴らしい傷跡、縫い目だと口をそろえて言われました。分娩に立ち会った医師がその病院の産婦人科長で、有名な凄腕の持ち主だったのです。
9:00 赤ちゃんが連れてこられ、私の胸の上にのせられました。羊水で白くカピカピにかたまっていて、目もあいてないけど、口だけは必死にチュパチュパやってます。ダンナさんと3人で穏やかなカンガルーケアの2時間を過ごしました。
11:00 病室へ移動です。最初、大丈夫ですといって立ち上がったのですが、すぐに倒れそうになったので、看護婦さんが支えてくれて、車椅子で移動しました。
陣痛室も分娩室も病室も完全個室で、母子同室の、総合病院で産みましたが、本当にいい病院でした。
私が先天性腎性尿糖だったため、産まれたときから赤ちゃんも何度も検査を受けるなど、様々なケアもしてくれましたし、最後に検診を担当した医師は、わざわざ病室まで訪ねてきて陣痛や出産の様子をたずね、無事の出産を祝福してくれました。
また、私が強く母乳育児を希望していたこともあって、助産師さんたちは頻繁に病室にきてくれて、熱心に指導してくれました。
次のお産もここで迎え、助産師さんや看護師さんたちに再会できたら幸せだなと強く思えるいい病院で、本当によかったです。
今、スヤスヤ眠っている娘をみていても、まだ、母親になったという現実が不思議な気がします。まだまだ気持ちは子供のまま。娘と一緒に少しずつ成長しなきゃです。
でも、山あり谷ありの妊娠37週を終え、陣痛をむかえ、出産の苦しみに耐えたのは忘れようもない事実で、すべてを一緒に乗り越え、支えてくれたダンナさんに心から感謝です。
妊娠37週目 [ママになるまで 10ヶ月]
ママになるまで~ 妊娠出産は夫婦の大きなイベント。妊娠0週目から記録を綴っています。
7月17日、検診の日でした。
前回まで診てくれていた先生は異動になったので別の先生の診察でした(病院には10人弱の産婦人科医がいます。)。
まず、問診。前回の妊婦検診はすべて問題なかったといわれました。
そして経腹エコー。
何度も何度もサイズを測っていましたが、結論は2820g。前回2835gだったので、なんと、ちぢみました^^;先生は、「私は小さく測りがちなんです」と慰めてくれましたが。
次に内診。
赤ちゃんが降りているとはいえ、気にすることはないとのことでした。全然産まれるほどの“降り”ではないのだとか。ここでは子宮口の開き具合や羊水の量を診たようです。
そして、初めてノンストレステスト。
おなかに2種類のセンサーを巻きつけ、一方で心音と胎動を、もう一方で子宮の収縮をモニタし、心電図のように紙に記録していくのです。
ナースコールを渡され、40分ほどベッドに寝てました。赤ちゃんがお産に耐えられるかどうかをこの時期から調べるようです。
そのあともう一度問診室に呼ばれて、診察結果や次回までの注意。
赤ちゃんが小さくなったことは心配する必要はないとのこと。
内診で羊水の量がこの時期の減り具合としては減りすぎているような気がすること。
子宮口は1~2センチの開き。問題ない。
初産だし、予定日どおりに産みたいのなら散歩して全く問題ない、などなど言われ、1週間後の予約をとりました。
医師の診察は今回までのはずなんだけど、次回も助産師診察ではなく今日の先生が診ることになりました。やっぱり少し要チェックな妊婦のようです。
最後に助産師指導を受けて終了。
病院の帰り、お昼を食べたあと、免許証の更新に行きました。
夏生まれが夏に出産。しかも更新の年と重なると大変。
家に着く頃にはくたくただったので、ダンナさんが帰ってくるまで寝てよ~と思って寝てたら・・・
8時頃、携帯が鳴りました。非通知。
気になったので出てみると、「○○病院の○○です。」
毎日、産婦人科医が集まって患者さんのことについて意見交換のようなミーティングをしているのだけれど、そこで私のことが問題になったのだと。
これまで理由もわからず異常に大きかった赤ちゃんが、標準サイズに近付き、今回は成長していないことと、それ以上に、羊水の減りについて。
自分としては特に問題ないと思い、1週間後の診察まで経過をみる方向でいいだろうと判断したのだが、他の医師たちの見解としては詳細な検査する必要があるんじゃないかと。
それで、明日の朝、精密検査にきてもらえないかということでした。
しかも、「ないとは思いますが、羊水の量が少なすぎる場合や少ない原因に何か問題がみつかった場合、入院ということになりますので一応そういうこともあるかもしれないと心の準備だけしておいてもらえますか」と。
とても動揺したまま一日を終えました。
7月18日、朝9時に病院に着き、受付をすると、待合でソファに座る間もなく呼ばれました。
初めて入る部屋の中に、大きなマッサージチェアのような椅子があり、そこに上るとベルトを2本締められました。昨日とほぼ同じです。
昨日と違うのは、胎動を感じたら自分でボタンを押さなければいけなく、右手にナースコール、左手に胎動ボタンを持たされました。
床にはコンポが置いてあり、小さな音でクラシックを流してくれましたが、事情が事情なだけにリラックスできず1時間を過ごしました。
それが終わると、先生の部屋へ。初めての先生でした。
で、まずはじめに問題ないと言われました。心配されたでしょうけど、私も昨日の○○先生と同じ見解です、と。
現時点の羊水は赤ちゃんのおしっこなのだそうです。
その羊水の減り具合が大きいということは、赤ちゃんのおしっこがとても少なくなってるということ。
ひとつには、赤ちゃんは胎盤から栄養をとりおしっこをするのだが、赤ちゃんが成長していなくて羊水が減っているというのは胎盤から栄養をとれていないか胎盤の機能がおちているか。だけれども心音と胎動がしっかりあるため赤ちゃんに問題はなく心配する必要はない。
それからもうひとつには、赤ちゃんの腎機能関係の疾患が疑われるが、これは医学的にも原因などわかっていないし、赤ちゃんが生まれてみないと実際に腎機能が悪いかなどはわからないので、対策もなく心配するほうが無駄である。
羊水の量にしても赤ちゃんの大きさにしても、同じ先生が測らないと一概に少なくなった小さくなったとはいえないので、来週の検診を待ってくださいということでした。
散歩も日常生活もまったく問題なく、胎動だけ気にしておいて、もし胎動がなくなったらすぐに病院に連絡してくださいということでした。
7月19日、土曜にもかかわらず、なんとなく体がだるく気分もぐずぐず気味だったのでずっと家でゴロゴロしてました。
7月20日、今日も気分がのらずダンナさんからの外出の誘いを断りました。3連休なのにもったいない。
夜ご飯を食べる頃から、おなかに鈍い痛みを感じるようになりました。ですが、横になればどうもないので、休み休みごはんを食べました。
そして寝る前にトイレに行くと・・・おしるしらしきものがありました。あとで振り返ればおしるしですが、そのときはわからないものです。
鈍い痛みを感じ、すごく胸がざわめくまま、11時に就寝。
そして、その夜、出産の闘いが始まりました。
7月17日、検診の日でした。
前回まで診てくれていた先生は異動になったので別の先生の診察でした(病院には10人弱の産婦人科医がいます。)。
まず、問診。前回の妊婦検診はすべて問題なかったといわれました。
そして経腹エコー。
何度も何度もサイズを測っていましたが、結論は2820g。前回2835gだったので、なんと、ちぢみました^^;先生は、「私は小さく測りがちなんです」と慰めてくれましたが。
次に内診。
赤ちゃんが降りているとはいえ、気にすることはないとのことでした。全然産まれるほどの“降り”ではないのだとか。ここでは子宮口の開き具合や羊水の量を診たようです。
そして、初めてノンストレステスト。
おなかに2種類のセンサーを巻きつけ、一方で心音と胎動を、もう一方で子宮の収縮をモニタし、心電図のように紙に記録していくのです。
ナースコールを渡され、40分ほどベッドに寝てました。赤ちゃんがお産に耐えられるかどうかをこの時期から調べるようです。
そのあともう一度問診室に呼ばれて、診察結果や次回までの注意。
赤ちゃんが小さくなったことは心配する必要はないとのこと。
内診で羊水の量がこの時期の減り具合としては減りすぎているような気がすること。
子宮口は1~2センチの開き。問題ない。
初産だし、予定日どおりに産みたいのなら散歩して全く問題ない、などなど言われ、1週間後の予約をとりました。
医師の診察は今回までのはずなんだけど、次回も助産師診察ではなく今日の先生が診ることになりました。やっぱり少し要チェックな妊婦のようです。
最後に助産師指導を受けて終了。
病院の帰り、お昼を食べたあと、免許証の更新に行きました。
夏生まれが夏に出産。しかも更新の年と重なると大変。
家に着く頃にはくたくただったので、ダンナさんが帰ってくるまで寝てよ~と思って寝てたら・・・
8時頃、携帯が鳴りました。非通知。
気になったので出てみると、「○○病院の○○です。」
毎日、産婦人科医が集まって患者さんのことについて意見交換のようなミーティングをしているのだけれど、そこで私のことが問題になったのだと。
これまで理由もわからず異常に大きかった赤ちゃんが、標準サイズに近付き、今回は成長していないことと、それ以上に、羊水の減りについて。
自分としては特に問題ないと思い、1週間後の診察まで経過をみる方向でいいだろうと判断したのだが、他の医師たちの見解としては詳細な検査する必要があるんじゃないかと。
それで、明日の朝、精密検査にきてもらえないかということでした。
しかも、「ないとは思いますが、羊水の量が少なすぎる場合や少ない原因に何か問題がみつかった場合、入院ということになりますので一応そういうこともあるかもしれないと心の準備だけしておいてもらえますか」と。
とても動揺したまま一日を終えました。
7月18日、朝9時に病院に着き、受付をすると、待合でソファに座る間もなく呼ばれました。
初めて入る部屋の中に、大きなマッサージチェアのような椅子があり、そこに上るとベルトを2本締められました。昨日とほぼ同じです。
昨日と違うのは、胎動を感じたら自分でボタンを押さなければいけなく、右手にナースコール、左手に胎動ボタンを持たされました。
床にはコンポが置いてあり、小さな音でクラシックを流してくれましたが、事情が事情なだけにリラックスできず1時間を過ごしました。
それが終わると、先生の部屋へ。初めての先生でした。
で、まずはじめに問題ないと言われました。心配されたでしょうけど、私も昨日の○○先生と同じ見解です、と。
現時点の羊水は赤ちゃんのおしっこなのだそうです。
その羊水の減り具合が大きいということは、赤ちゃんのおしっこがとても少なくなってるということ。
ひとつには、赤ちゃんは胎盤から栄養をとりおしっこをするのだが、赤ちゃんが成長していなくて羊水が減っているというのは胎盤から栄養をとれていないか胎盤の機能がおちているか。だけれども心音と胎動がしっかりあるため赤ちゃんに問題はなく心配する必要はない。
それからもうひとつには、赤ちゃんの腎機能関係の疾患が疑われるが、これは医学的にも原因などわかっていないし、赤ちゃんが生まれてみないと実際に腎機能が悪いかなどはわからないので、対策もなく心配するほうが無駄である。
羊水の量にしても赤ちゃんの大きさにしても、同じ先生が測らないと一概に少なくなった小さくなったとはいえないので、来週の検診を待ってくださいということでした。
散歩も日常生活もまったく問題なく、胎動だけ気にしておいて、もし胎動がなくなったらすぐに病院に連絡してくださいということでした。
7月19日、土曜にもかかわらず、なんとなく体がだるく気分もぐずぐず気味だったのでずっと家でゴロゴロしてました。
7月20日、今日も気分がのらずダンナさんからの外出の誘いを断りました。3連休なのにもったいない。
夜ご飯を食べる頃から、おなかに鈍い痛みを感じるようになりました。ですが、横になればどうもないので、休み休みごはんを食べました。
そして寝る前にトイレに行くと・・・おしるしらしきものがありました。あとで振り返ればおしるしですが、そのときはわからないものです。
鈍い痛みを感じ、すごく胸がざわめくまま、11時に就寝。
そして、その夜、出産の闘いが始まりました。
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